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SUPERLOCAL interview

皆川 俊平

東京に、アーティストは要らない

2012年WATARASE Art Project のイメージ画像。クリックするとプロジェクトのウェブサイトへジャンプします。
2012年WATARASE Art Project のイメージ画像。クリックするとプロジェクトのウェブサイトへジャンプします。

 

―東京にアーティストは要らない

 

WAPが掲げる「作家主体」を実践するために、皆川は、2010年から足尾に移住し、自ら買い取った古い民家(写真)を拠点に制作をスタートさせている。制作拠点について皆川に聞いてみると、足尾のような、“半ば見捨てられたような地方都市”だからこそ、制作のための肥沃な大地が広がっているのだと、改めて思い知らされる。

 

足尾を例にすると、建物は古いものの、安く売られている家が多いです。僕自身、以前は東京を拠点にしてきましたが、アパートを借りたり大変な生活をするより、家でも買っちゃえ! というノリで足尾にやってきて、実はこの家も13万円で譲って頂くことになったんです。

 

僕個人で保有している建物は、実はもう4、5軒あるんです。どれも展示会場として使えるし、足尾なら収入が少なくても暮らしていくことはできます。足尾でなくても構いませんが、自分にとって「生活」と「制作」を両立していける場所を作家自身が選んでいく、ということが求められていると感じます。

 

東京は、制作と生活を両立させていくことが厳しく、やがて制作すらできなくなってしまうというパターンもありますよね。地方で生活することで懸念される「情報の不足」は、自分が求めればどこでも手に入れられますし、地方だからと敬遠する理由は、もうどこにもありません。

 

東京を拠点に絵を描いている作家にとっては、作品を「発表」したり、「売る」という環境で東京を選ぶことも多いと思いますが、東京で暮らしていけるだけの金銭的な成果を出せる作家は多くありませんし、生活と制作の両立は難しくなる。

 

東京は、作品を展示したり発表したりする場所には向いているかもしれませんが、制作・生活していく拠点にはなりづらくなっているような気がします。日本のトップで活躍しているような作家たちにも、長野とか山梨とか静岡とか、片田舎にアトリエをもっている方が増えています。そして、そういう方たちのほうが長く日本のアートの世界で生き残っていたりするんです。

 

やはり、制作しやすい環境を自ら作っていく能力が、これからの作家として生きていくために非常に重要なのではないかと思います。言ってしまえば、東京にアーティストは要らない。足尾に住んでみて、改めてそう感じますね。

 

足尾に在住し、実際にプロジェクトを進めている皆川だけに、その言葉には説得力がある。皆川の言う作家の「公共性」、「制作と生活の両立」は、芸術に携わる人間だけではなく、すべての地産クリエイティブに置き換え可能だ。

 

その土地土地の歴史や文脈を理解したうえで、その土地に合った制作スタイルやルールを作家自らが模索し、構築していくこと。それは「アート」の領域に踏み込むものだろう。「そこにしかないもの」の発掘。それを待ち望む地方は、日本のあちこちにある。↙


皆川の作品「閾」。建物一軒がピンホールカメラの内部のような空間に。
皆川の作品「閾」。建物一軒がピンホールカメラの内部のような空間に。

ーわたらせ、足尾、福島

 

震災後、Twitterなどで仲間たちとやり取りしていたとき、「足尾の事件を福島が繰り返している」という話題になりました。それからいくつか言葉のやり取りをするうち、福島だけではなく、もしかすると関東全体が足尾化しているのではないかと考えるようになりました。

 

さきほど、足尾には日本の未来があるとお話しましたが、地方、格差、衰退、貧困、汚染、、、といった、足尾の文脈で語られてきたキーワードが、今や関東を舞台に語られていることにぞっとしました。

 

これは、足尾という土地が大きな時代の流れに属しているからこそ得られる感覚だと思うんです。東京や大都市だけが日本を作っているのではない。この、人口3000人も満たない小さな町が、大きな時代の流れの中にしっかりと存在しているという、そのことがまさに足尾の面白さだと思います。

 

わたらせ渓谷鐵道の車両を使ったCampingTrain
わたらせ渓谷鐵道の車両を使ったCampingTrain

 

 

そして、足尾で改めて痛切に感じるのは、時代に踏みにじられた足尾の歴史を繰り返してはいけない、足尾のように、地図から消えてしまうような場所を二度と作ってはいけないということです。

 

2011年3月11日に、あれだけの大きな出来事があった。その時代的な意味を問い続けなければいけないと思います。アートだからできること。これからも、わたらせから発していきたいと思います。

 

およそ1時間半にわたって行われた皆川のインタビューは、スカイプ越しに猫の鳴き声が聞こえたかと思えば、その猫が何度も画面に登場してしまうような、ゆるりとした雰囲気の中で進められた。しかし、その緩さゆえに、力強く紡がれる皆川の言葉が確かな重みを持って頼もしく響いた。

 

鉱毒で汚染され、かつての繁栄など見る影もなく衰退の一途をたどった、地方のなかの地方、足尾。そこへ移住するだけでも相当な覚悟があったことだろう。その覚悟は、どこか福島へ通じているような気もする。震災後の福島での「表現」を考えるとき、皆川の言葉には傾聴すべきものが多いようにも思える。

 

時代という文脈から足尾という土地を拾い上げ、過去から未来までをも視野に捉えながら「文化」を創り出そうという皆川。その行為に、その言葉1つひとつに、地産クリエイティブの未来を見た気がした。WATARASE Art Project。開催される9月が今から待ち遠しい。

 

(終)


 

information

WATARASE Art Project  2012 PARADE

http://www.watarase-art-project.com

会期:2012年9月1日〜10月21日

会場:群馬県桐生市市街地・桐生市黒保根町、みどり市大間々町・東町、栃木県日光市足尾町


 

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コメント: 1
  • #1

    小田川司ゆかり (日曜日, 26 1月 2014 13:31)

    皆川さん
    ご無沙汰しております。 お変わりなくご活躍され何よりです。
    芸大在学中、名誉の受賞展覧会に伺った折は柏陽陸上部女子も喜び駆けつけられ楽しいひと時をご一緒に過ごす事ができました。まーるいボールが忘れられません。 今又TV足尾の女を2夜見て皆川さんのことを思い出し活動を拝見させて頂きました。わたらせ に行きたいとずーっと思っていますよ。ysfield@msj.biglobe.ne.jp までご連絡下さい。司の母より