INTERVIEW
馬上 紀夫 Norio MOE
人気カフェのマスターはコーヒーぎらい?
信じられないことに、cafe Uluruのマスターはコーヒーが好きではない。ええええええ? カフェのマスターなのに、「コーヒーぎらい」だなんて。でも、そんな僕の驚きを通り越して、Uluruで飲むコーヒーも、そこで過ごす時間も、たくさんの人を魅了してやまない。一体全体、どういうことなんだろうか。コーヒーが嫌いなのに(笑)、小名浜にこれだけのカフェを作り上げてしまう、その秘密をインタビューから探ってみた。
—7月でオープンが1年を迎えましたね。この1年間、改めて振り返ってみて、どんな1年でしたか?
「ほんとに難しかったですね。店の雰囲気を維持していくことも難しかったですし、やっぱり、サラリーマン時代と違ってオンとオフの切り替えができないっていうか、24時間店のことを考えてしまうので、大変でした。ほんと夢にも出てきますし、台風が来てもお店の心配しちゃうんです」
「仕事が忙しくて、付き合っている女性のほうも忙しくて、「もう仕事にプライベートに大変だよ」なんて愚痴を言うのが自分の理想だったんですけど、大変なのは店だけで、女性がいないんですよね(笑) カフェのマスターなんてあんまりモテないですよ」
—逆によかったと思えることは?
「よかったことは、そうですね、ほんと交友関係が増えたことですね。今こうして小松さんとインタビューしていることもそうですけど、こればっかりは、このお店やってなかったらこんなに友だち増えたりしなかったと思います。まぁ、その交友関係が恋愛に直結してないのが少し残念なんですけど・・・・」
そんな風に、開店1年を迎えた思いを吐露してくれたマスター。お気に入りの椅子に座り、カフェへの思い入れに絶妙な「モテないトーク」を織り交ぜ、終始笑顔でインタビューに応じてくれる。僕が知っているマスターは、そんな人だ。ただ、昼間の店内に立つマスターは、少しだけ様子が違う。
雰囲気へのこだわり
「自分はカフェの雰囲気を大事にしたいんです。常連じゃないお客さんが来たとき、仮に自分がほかの常連のお客と冗談ばっかり言ってたら耳障りになっちゃいますし、必要以上に騒いだりはしないですね。自分をある程度制御して、雰囲気の中でマスターを演じることもあります。他に誰もいなかったら今みたいな感じですけど、やっぱりカフェの雰囲気を壊したくないんです」
「雰囲気」という言葉は、今回のインタビューの中でこれから幾度となく使われることになる。マスターにとってその言葉は、何よりも重い言葉なのかもしれない。もしかすると、料理やコーヒーの味、メニューなどよりも、さらに。
「例えば音楽にしても、客層を見て、年配の人が多かったらこってりしたジャズかけたり、逆に10代の人が多かったらポップなものを流したり、その場に合う雰囲気を作っていくようにしています。でも、お客さんが100人来て、全員がこの雰囲気を気に入ってくれるかといえば、そんなわけない。いろいろな客層の方が来てくれるのはありがたい反面、雰囲気が壊れてしまうこともあります。小さい店だから、どっちつかずになるとダメだと思うんですよね。だから、筋を通さないとこの雰囲気は守れない。雰囲気に対するこだわりは、ずっと求めていきたいですね」
雰囲気のために自分の存在を殺し、客を失ってまで突き通そうというそのこだわり。その強い思いは、いったいどこから生まれたのだろう。それを知るために、マスターがこの場所にカフェを建てようと思った時にまで、話をさかのぼってみよう。
運命の出会い
「2年間、物件探しをしました。平にいい物件が何軒かあって、本気でやろうと思ったこともありました。でも、なぜかダメになっちゃって、小名浜のこの場所を見に来たんです。そしたら、またここがすごくて、草はボーボー、建物も壊れそうだし、こりゃダメだろうと思って一回あきらめたんです。ところが、なぜかずっとこの場所が気になっちゃって、そのときは別の仕事をしてたんですけど、休憩中に毎日来て、見晴らしはどうだろうとか、この場所にこれを作ってとか、構想を考えてまた仕事に戻っての繰り返し。夜の見晴らしはどうなんだろう、なんて懐中電灯持って夜もここに来て、明らかに怪しかったですよね」
そうして出会った場所に、マスターは、自分が思い描いた夢のカフェをこしらえていく。材木屋に理想の木材がなければ、遠くの山にまでわざわざ伐り出しに行った。柱、床、桁・・・。こだわりは、今に始まったことではない。
「作る前から、屋根とか扉の取っ手とか、こういう風にしたいって構想はあったんですけど、もちろん素人なので大工さんのやり方と違う。大工さんに無理を言って、あと何センチ引っ込めてくれ、なんてけっこうありました。やっていくうちにけんかじゃないけど「そんなのできねえ」って言われて、自分が知識がないくせに、こうしてくれああしてくれってほんと失礼なことしましたね(笑)」
「せっかく自分のカフェを作るのに、誰かにまかせっきりにしたくなかった」とマスターは振り返る。自分の作りたい店の雰囲気は、自分にしかわからないからだ。ささいなこだわりを貫き、予定よりもずっと遅れて店は完成した。
カフェをやろう。そう決めてから、マスターは、まさに “こだわり抜いて” 来た。それなのに、そのことを自慢げに客に向かって話したりしない。来る人は、そんなこだわりがあることは知らず、こだわり抜かれたこの雰囲気の中で、ついつい何時間も過ごしてしまう。それはきっと、マスターが何も押し付けないからだろう。そう、コーヒーですらも。
—マスター、コーヒー好きじゃないんですよね?
「そうですね、コーヒー、飲まないですよね。コーヒーってみんな好きなんですかね?
—(笑)。カフェって言うと、マスターがコーヒー好きってイメージ、どうしてもあって、ほら、サイフォン式とかこだわったコーヒーをウリにしてるカフェって結構あるじゃないですか。
「もちろん、苦手だけどいろいろ飲んで試しましたよ。でも自分は、これを何秒で抽出して、水温は何度で何分きっかりとか、そういうこだわりは全然ないんですよね。コーヒー1杯400円じゃなくって、400円で座ってコーヒーがついてくるっていう感覚ですかね。コーヒーや料理以上に空間にこだわってる。ここに来ると、空間や時間+コーヒーや料理なんです」
—つまり、空間や時間を提供したい?
「そうですね、空間を大切にしたい。たぶん、おいしいパスタを出したくて店やるぞ、ってなったらこういう店にはならない。ましてや立地もこうはならない。このお店が仮に平にあったらだめでしょうし。全体的なゆるい空気が流れているから、せかせかした東京にあっても違うんでしょうね」
—そうですね、確かに、小名浜の、ここでしか実現し得ないカフェですよね。コーヒー嫌いだったことが、より空間へのこだわりを増大させたのかもしれないですね。
「う〜ん、どうなんですかね、自分ではわかりませんけど、おいしかったよとか、この椅子かわいいですねって言われるよりも、お店がここにあるからすてきなんですよね~って言われるのが本当にうれしいですね。眠そうにして、あぁ気持ちよくて寝ちゃいましたなんて、最高の褒め言葉」
—わかります。それに場所だけじゃなく、馬上さんがマスターだからこそ、こういう空間ができた。
「この雰囲気のまま誰かに譲ったとしても、雰囲気がすぐ変わっちゃうと思う。この空間でこれを維持できるのは自分しかいないって思いますね。ちょっとした小物とか植物とか、1個でも違う。正直、全部が自分の趣味なんで、別の人の趣味が1つでもあったら違和感になっちゃう。それだけ自分がこだわっているってことかもしれませんけど」
—この場所との出会いも含めて、馬上さんの人生や価値観がすべて入ってますよね。
「こんなこというと変かもしれないですけど、やっぱり来るべくして来たのかなって思います。だから、そういうのを含めて、このカフェの雰囲気を壊さずにやっていきたい。もちろん売り上げや精神面でも波はありますけど、今のまま、現状維持できればいいですね」
マスターはコーヒーが好きではない。だからこそ、こんな場所ができたのだ。もしコーヒーが好きだったらこんな店にはなっていない。そう思うと、マスターがコーヒーが好きかどうかなんてどうでもよくなった。今ここにあるUluruが、僕たちを癒してくれるのだから。
マスターは、かつてオーストラリアに住んでいたことがある。勉強をしにいったのか、仕事だったのか定かではないが、ホームレスにもなったそうだ。モーニング娘。のボディガードもやったという。もうわけがわからない(笑)。マスターは、意外に適当なところもある人なのだと思った。
そうなのだ。こだわり抜く一方で、それを押し付けない深さも持っている。下ネタやモテないトークで笑わそうとした途端、くそマジメにカフェ空間の話をしたりもする。そんな人だからこそ、僕たちは「こだわりの空間で、こだわりを感じない」のだ。まるで、昔からここにあったかのように、わけも知らずに癒されてしまう。
改めて読み返してみると、馬上紀夫という1人の人間の話を書いてきたつもりが、すっかりカフェの話になってしまった。でも、そのくらい、Uluruとマスターが重なるということだ。運命に導かれるように出会ったUluruとマスター。きっと、その幸せな関係は変わらずに、20年、30年と常に寄り添いながら、この小高い丘の上から小名浜の海を見つめ続けるのだろう。
つまり、その、マスターにとって、今はUluruが彼女ということなのだ。あ、まずい、そんなことを言ったらマスターに怒られる!! でも、そんな幸せなカフェがこの町にあるのだとしたら、僕はやっぱり奇跡だと思う。願わくは、マスターの人生の伴侶(人間の)もはやく見つかりますように。このインタビューが、そのお手伝いになれば、僕は本望だ。
text & photo by Riken KOMATSU
profile
馬上 紀夫 Norio Moue
1977年いわき市上遠野生まれ。10代で様々なアルバイトを経験し、20歳でオーストラリアへ。レストランの皿洗い、無人島での真珠の養殖、農家に住み込みの野菜の収穫などを歴任。シドニーオリンピックの際には、モーニング娘。のボディガードを務めた。その後、東京の広告代理店に移り、ファション雑誌の立ち上げに携わる。地元いわきで独立するためカフェやレストランで経験を積み、2009年にcafe Uluruを立ち上げ独立。現在に至る。
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