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建築士とアーティストのコラボによる地産クリエイティブ

posted on 2011.9.5


 

新築住宅の内覧会に、地元アーティストの作品を展示して「ギャラリー」にしてしまおうという異色のコラボが、小名浜のクリエイターを中心に始まっている。アートをギャラリーの中だけに押し込めず、家とアートを近づけるための「建築家×アーティスト」のコラボレーション。いわきに生まれつつある、新しい地産クリエイティブの胎動を取材した。

 


いわき市錦町に完成し、「絵本の家」と名づけられた一軒の新築住宅。ここが、今回のコラボレーションの舞台。住宅を設計したのは、いわき市鹿島で建築設計事務所を主宰する豊田善幸。建坪20坪という極小住宅ながらも、2000冊の絵本を所有するオーナーのために特注の本棚を配置するなど、随所に個性が際立つ新築物件となっている。木材がふんだんに取り入れられ、中は、柔らかく優しい印象だ。そんな、豊田のこだわりが随所に見られる住宅に、小名浜のアーティスト、高木市之助の作品が展示された。

  

この家のシンボルである本棚には、高木の新作「歯くん」のシリーズを展示。顔のない歯くんたちだが、さまざまなコスチュームに身を包み、本棚をカラフルに彩っている。親に連れられてやってきた子どもたちが、みな興味深そうに歯くんたちを眺めていたのが印象的だった。このほかにも、高木の父・武廣さんのドローイング作品が書斎に、母・待子さんの羊毛細工が子供部屋にそれぞれ展示されるなど、部屋の機能にあわせた表情豊かな空間となっている。

 

告知は決して大きなものではなかったが、開催された2日間の間に30組が来場。反響の大きさが伺われる。豊田の設計する家を目当てに来た人にとっては、アート空間は想定外のものだっただろうが、それは、高木の作品を見に来た人も同じ。それぞれが、アートと建築の面白さを体感できたようだ。2人のクリエイターにとっても、想定していたものとは別の層の観客に作品を見てもらうことで、新たな発見と出会いの場となる。内覧会を終えた2人の充実した表情に、今回のコラボレーションの「成功」がにじみ出ていた。

 

部屋のあちこちに高木(写真左)の作品が展示され、建築のデザインをより引き立てている。
部屋のあちこちに高木(写真左)の作品が展示され、建築のデザインをより引き立てている。
歯くんの展示は、今回の内覧会の目玉。
歯くんの展示は、今回の内覧会の目玉。
高木の父、武廣さんの作品。グラフィックデザインのようなスタイリッシュな絵柄に足を止める人も多かった。
高木の父、武廣さんの作品。グラフィックデザインのようなスタイリッシュな絵柄に足を止める人も多かった。
絵本の家の外観。建坪20坪のなかに、オーナーのこだわりと豊田のデザインがびっしりと詰め込まれている。
絵本の家の外観。建坪20坪のなかに、オーナーのこだわりと豊田のデザインがびっしりと詰め込まれている。

 

「行き当たりばったりのスケジュールでしたが、この建物が小さなギャラリーとして機能することが確認できたことは最大の収穫です。高木くんの絵を展示することで、本棚が1つの「作品」にも見えました。設計者もアーティストもまったく手を加えることができない、完成した「住まい」としての空間で、お互い新しい発見を楽しむことができ、ほんとうに大成功だったと思います」と、豊田は振り返った。

 

高木も、「企画自体が斬新な発想から生まれていて、僕個人としてもすごく刺激になりました。豊田さんの家を見て『わぁ、すごい』って驚いている人たちの表情を見たとき、『ああこうして手を抜かずに作品を作れば、誰かが喜んでくれるんだな』と実感させられました。僕が描いた絵にぴったりの空間を準備してもらえて、ほんとうに幸せです」と、笑顔で展覧を振り返った。双方ともに、収穫の多いコラボレーションになったようだ。

 

 

-異色の住宅内覧会-

 

実は、豊田による「家×アート」のこのコラボ、今年5月に完成した「内郷の家」の内覧会でドローイングアーティストたんようすけの作品展を開催したのに続き2回目となる。住宅内覧会といえば、設計した人間にとっては自分の作り出した「商品」をPRする最高の舞台であり、完成した住宅での暮らしを想像してもらうために、おしゃれな家具や雑貨を配置することが多い。ところが、豊田の視線がまったく別の方向を向いているのが興味深い。

 

豊田は言う。「実際、展示場のようなまったくブレのない暮らしを維持し続けるのはかなり大変です。逆に、設計時の打ち合わせとはまったく違う住まい方をする建て主さんのほうが、当初思い描いていた暮らしよりどれも楽しそうに見えました。建物が設計者の手を離れた瞬間から新しいアイデアが次々誕生しているんです」。今回のコラボは、その「建物が設計者の手を離れた瞬間」を、豊田自らが作り出した、ということができる。

 

その「想定外の機能」が、アーティスト側にも大きな影響を及ぼす。「真っ白なギャラリーではなく、本棚や子供部屋や書斎と、部屋の機能を考えた上で作品を制作する必要があります。それぞれの作品だけでなく、空間全体をどうプロデュースするのか、ということも考えなくちゃいけません。そのことが、大きな収穫でした」と高木。アーティストとして、だけでなく、キュレーター的な役割を課せられたことが、高木の作品自体にも好影響を与えたようだ。

 

だからこそ、この家のシンボルである本棚も、ひとつの「芸術作品」のように見えたのかもしれない。アートと建築とがそれぞれ互いに影響しあい、「住まい」としての機能以上のものが引き出されているからだろう。晴れの舞台である内覧会で想定外の機能を与えることは勇気の要ることだが、「住まい」のなかに潜む「住まいだけにとどまらない領域」を、豊田は私たちに見せてくれた。ハウスビルダーの家にはない「懐の深さ」が、豊田の住宅デザインに秘められているのだ。

 

高木が以前働いていた鮮魚店から着想を得たという魚屋バージョンの歯くん。手に持つのはもちろん、小名浜のカツオだ。
高木が以前働いていた鮮魚店から着想を得たという魚屋バージョンの歯くん。手に持つのはもちろん、小名浜のカツオだ。
本棚は、やはり子どもたちに大人気。歯くんもとてもうれしそうにしていた(ように見えた)。
本棚は、やはり子どもたちに大人気。歯くんもとてもうれしそうにしていた(ように見えた)。
今回の2人の主役。建築家の豊田善幸(左)、アーティストの高木市之助(右)。
今回の2人の主役。建築家の豊田善幸(左)、アーティストの高木市之助(右)。

 

-地産クリエイティブとまちづくり-

 

収蔵家(コレクター)以外に芸術作品を買う人が少ない日本では、海外のように一般の家庭に作品を飾る文化がほとんど根付いていない。もちろんそれはいわきでも同じ。地元にどんな若手作家がいるのか知らない人も多いことだろう。今回のコラボレーションは、「家にアートを飾る」醍醐味を伝えることで、地元のアーティストと生活者との距離を近づけ、アートシーンを生みだそうという狙いがある。

 

また、家に飾ることで、住宅にも大きなメリットがあると豊田はいう。「アートに限らず、住宅の内装は想像以上に簡単に手を加えることができます。家に関わることで住まいへの愛着は飛躍的に増加します。これから、家に住むことの重要性を見直す時代を再構築していくとき、アートやそれを見抜くセンスが重要な役割を担ってくると考えます。もっとアートを楽しむことで、住宅を長く大事に使って頂けるのだとしたら、建築家としてこんなにうれしいことはないですよ」。

 

地域のアーティストが描いた作品が、地域の建築家の作った家を彩り、愛着を抱かせ、長持ちさせる。結果、100年200年と続く家が、今度は町を彩る。とてもロマンティックなことではないだろうか。アートを家に飾ること。それは、地域のアーティストに活躍の場を与える共に、地域の建築家に光を当てることにもなる。さらに、住宅を長持ちさせることにもつながり、歴史的価値を生んでいく。そしてそれが、町の景観となり、そこに暮らす人たちの誇りになっていく。なんという好循環だろう。

 

今はまだ1人の建築家とアーティストのコラボレーションに過ぎないかもしれないが、「まちづくり」の領域にまで踏み込む、壮大なビジョンがそこにはある。そして、クリエイターがまちづくりと有機的に関係していくことこそ、地産クリエイティブの神髄。いわきが歩むべき未来像が、今回のコラボには隠されていた。読者諸兄も、まずは、いわきのアーティストの作品を購入し、家に飾ってみてはいかがだろうか。

 

information

豊田設計事務所

いわき市鹿島の建築設計事務所。豊田善幸が主宰。豊田の建築は特に断熱に定評があり、近年では飯館村の「までいな家」などエネルギーに配慮したエコハウスが高く評価されている。

高木市之助

小名浜在住のかまぼこ職人でありVJ。イラスト、ステンシルアートなどを得意とする。今回作品を提供してくれた両親は、小名浜のおもちゃ店「キンダーボックス」を経営。弟も東京でグラフィックデザイナーとして活躍中。クリエイティブ一家の長男。

 


text & photo by Riken KOMATSU


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