必要悪が飽くまで美徳

tetote essay vol.9 / text by Riken KOMATSU

 

人はとかく臭いものに蓋をしがちだ。生々しいもの、目を背けたくなるもの、醜いものから、僕たちは目を背け、はなかっらそんなものなんかなかったかのように振る舞うことがある。そうしたものこそ、社会を人間を、形作っているというのに。

 

ミシュランガイドに載るような高級店の美食だって、結局は、誰かが感情を麻痺させながら動物の命を奪い、皮をはぎ血を抜き、その肉の塊を切り刻んでいるからこそ味わえる。東京で暮らす人たちの電気を作っているのだって、新潟や福島の原発だ。一歩間違えば命を落としかねない現場で、放射能の防護服を着込んで作業している人たちがいるからこそ、このくそったれな便利社会は成り立っているんだ。

 

社会も人間も、きれいごとだけじゃ生きられない。だから、都市がその「きれいごと」を享受するかわりに、田舎が犠牲になって「臭いもの」を引き受けなければならない。都会の貪欲さを支えるために、地方は貧困し、教育を失い、疲弊していくのだ。

 

鬼は、自ら鬼になることで、そんな「臭いもの」の存在を、「必要悪」という言葉を使って表出させ、聴く人間の意識をそこに向けさせようとしているのかもしれない。「必要悪があくまで美徳」。鬼が、敢えて悪ぶることで、人間の生々しさや欲深さや、切なさや苦しさや醜さを、僕らに見せつけようとしているのではないだろうか。

 

 

僕の思い出の中の小名浜は、鬼のラップとそんなに変わらない。小学校の時、いつも肩車をして遊んでやっていた男の子は組長の息子だったし、中学校に入ればクラスに23人は暴走族がいた。一緒にソフトボールのチームに入っていたクラスメートはやがて構成員となり、脅されたか何かで自殺した。誰がヤクザで誰が死んだとか、誰も驚きはしない。

 

町を5分も歩けば東北最大のソープ街。通りを歩けば、ビルの外壁に取り付けられた排水チューブを伝い落ちる水の音が聞こえてくる。石鹸と香水と煙草の、淫靡でどこか苦しい匂いが鼻をこするように立ちのぼる。和風の字で艶やかに書かれたネオンの看板がいつまでも怪しく光り、客引きの兄ちゃんたちが道行く車に身を寄せて客を誘う。

 

空を見上げれば、工場から吐き出される陰鬱な煙が視界に入らない日はない。赤く錆び、小さく朽ちながらも、低く唸るような機械音を出しながら動き続ける小名浜の工場群。都市の生活を支えるために肉体を酷使し、危険な現場で身を晒す人たちが、そこには大勢いる。昔と何も変わらずに時を刻む「三交代」のサイレンが、小名浜の古時計だ。

 

もちろん、美しい海も小名浜のシンボルだと思う。週末にともなれば水族館にはたくさんの家族が溢れ、土産物屋の前にはバスが列をなす。ゆくゆくは沖に埋め立ての島を作り、橋がかかるのだという。それも、もちろん正しく新しい小名浜の姿。僕だって、きれいな海や砂浜は大好きだ。

 

 

だけれど、ただ美しいだけが小名浜ではない。

 

人間だって同じじゃないか。薄汚れた自分、卑怯で弱い自分。見たくもないけれど、そんな自分と何とかして向き合わなかったら、人は成長することができない。美しいものだけがある美しさではなく、その裏に汚らしさがあるからこその生生しい美しさ。小名浜の美しさは、後者だ。そんな美しさだからこそ、鬼の目にも涙を浮かばせるのだろう。

 

鬼も小名浜も、同じように「必要悪」を引き受けた存在なのかもしれない。まるで、イエス・キリストが生きとし生けるすべての者の罪を背負い、すべてを赦したように。だから、小名浜の海を見た人は、知らず知らずのうちに自分の心の内面を投影し、心を動かされるのだろう。

 

きれいなだけではない自分と向き合った時、本当の自分を受け入れることができる。そして、敢えて社会の必要悪を美徳として引き受けた小名浜だからこそ、鬼だからこそ、それを伝える権利がある。鬼が言いたかったことは、人間の、そして小名浜の「どうしようもない生々しい美しさ」なのではないだろうか。小名浜人の勝手な解釈だけれど、僕は、そんな風に感じている。

 

あなたがこのラップを聴いて何かを感じたのだとしたら、それは紛れもなく、あなたの心の中に醜さ(美しさ)があるからだ。そして、あなたにも、あなたにとっての「小名浜」があることを、その心は知っている。

 

2010.8.2 up

文章:小松 理虔(tetote onahama)

 

 

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コメント: 4
  • #1

    John (木曜日, 15 5月 2014 20:06)

    DOPE

  • #2

    an (水曜日, 18 3月 2015 21:14)

    鬼の小名浜で検索して偶然辿り着きました。
    この記事のおかげで、小名浜のことを少しでも知れました。ありがとうございます。

  • #3

    ひな (金曜日, 21 8月 2015 13:34)

    なるほど……

  • #4

    kingmercy (木曜日, 25 11月 2021 19:13)

    小名浜に行こうと思ったよ