いわき市小名浜出身で、広告や雑誌などに数多くの作品が取り上げられている写真家・丹英直の個展が、いわき市平のBASEMENTで開かれている。世界で活動を続けてきた丹が、なぜ今ふるさとにNEW YORKを持ち込んだのか。話を伺ってきた。
text & photo by Riken KOMATSU
いわき市平のオルタナティブスペースBASEMENT。白い壁に、画鋲や両面テープで無造作に貼付けられた作品が並んでいる。日本のトップシーンで活躍を続けてきた写真家の個展にしては、ずいぶんとこざっぱりした展示だ。中に入ると、ゆるやかな時間の流れの中に、強い個性を放つ「ニューヨーカー」たちがモノクロで映し出されている。丹が1980年ごろから90年代まで撮り続けてきた、ニューヨークに生きる人たちの写真である。
全身入れ墨だらけのフーリガンのような男。エッジの効いたアフロカットの男。チャイニーズレストランでスープをすする初老の男性。どこかから移り住んできたのだろうか、頭巾をかぶり犬を抱き寄せる女性。タバコを吹かしながら遠い目をしている男。ロシアンマフィアを思わせる冷たい目をした男。いずれも、個性が際立ち、その人の「人生そのもの」がそこに写し込まれているようだ。
これまで、BRUTUSやnumberなど、グラフィックが高く評価されているメディアに数々の作品を送り込んできた丹。アイルトン・セナ、武豊といったアスリートから、北方謙三といった文豪、坂本龍一や高橋幸宏らアーティストのポートレイトを手がけるなど、日本のトップシーンで著名人を撮り続けてきた。そうした作品群にあって、ニューヨーカーたちの作品はやはり意外性が伴う。
「作品選びについては、やはり、震災というものがきっかけになった」と丹は語る。人種の坩堝ニューヨークに生きる人たちの写真を展示することで、いわきに何を伝えようとしているのか。作品を見回す。悟りを開いたような顔をしている人もいるが、被写体となった人たちの目には、生きることへの貪欲な渇きが鈍く光っているのに気づく。危険の伴うニューヨークで、自分自身の両足で立って生きようとする人たち。虚栄、警戒、疑い、自信、苦楽、歓び、慈しみ。「生きること」そのものが、その目に、口に、皺に、姿勢に、映し出されている。
被写体は、誰ひとりとして有名人などいない。まさに「その辺にいる人」たちだ。しかし、そんな市井の人たちだからこそ、隠しきれないその人そのもの、粉飾できない、替えのきかないその人自身が表出する。丹は、それを静かに切り取っていくことで、「あなた自身」が「生きること」、そのことのポジティブなパワーを伝えようとしているのではないか。そして、それはニューヨークの人たちでなければならなかった。そんな問いをぶつけると、丹は何も言わず、静かに笑うだけだった。
被写体の中には、明らかに「危険そうな」人もいる。丹自身も「危険な目に遭いそうになったことは確かにあった」という。しかし、「思い切って飛び込んだ時に、彼らはいつも襟を開いてくれた」という。思い切って飛び込んでみること。そこでつながる何か。田舎だからと決め込んで、内に内に籠りがちな地方の若者に「喝」を入れてくれているかのようだ。遠慮せずに、躊躇せずに、飛び込め! そんなふうに。
震災を期に、丹はいわきに活動拠点を移した。これからは、写真家として被災地と向かい合うことになる。しかし、丹は「被災地然とした写真は撮りたくない」という。「私は私にできるかたちで、ここから表現していきたい」。今回の展示に画鋲や両面テープを使ったのも、敷居を下げ、1人でも多くの人に「丹英直」を知ってもらう入り口にしたいという意図があってのことだろう。
作品づくりにおいて、いつも「人」に寄り添ってきた丹。今後、このいわきでどのような作品を創っていくのだろうか。今後の創作を期待せずにはいられない、シンプルで、温かい展示となっている。まずは、その主役「丹英直」がいったい何者なのかを、写真を通して感じてもらいたい。いわきの若いカメラマンにとっても、丹のような「巨匠」の里帰りは大きな意味を持つ。こうして作者と言葉を交わすことができるのも、展覧会の大きな楽しみのひとつなのだから。
HIDENAO TAN 「NEW YORK STATE OF MIND」
会期:2011年10月8日(土)〜16日(日)
時間:11:00〜19:00
会場:Alternative Space BASEMENT
▶福島県いわき市平一町目47 タムラムセンビル1F
丹 英直
1955年いわき市小名浜生まれ。東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。広告代理店勤務後、パリ、ニューヨークで写真家に師事。そして独立。10年滞在後帰国し、現在は雑誌や広告などで活動中。撮影は人物を中心にイメージ的なもの、風景、スナップなど。